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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9082号 判決

原告

丸山友行

ほか一名

被告

竹花いき子

ほか一名

主文

一  被告竹花いき子は、原告丸山友行に対し金二四九万三、八三五円、原告丸山桂子に対し金二七三万三、〇〇三円および右各金員に対する昭和四八年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告小池克長は、原告丸山友行に対し金三〇七万三、一四九円、原告丸山桂子に対し金三三三万六、六六九円および右各金員に対する昭和四八年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告両名に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

五  この判決は主文第一、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

「被告らは連帯して、原告丸山友行に対し金五六八万〇、三六一円、原告丸山桂子に対し金五九四万八、二三三円および右各金員に友する昭和四八年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告竹花いき子

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決。

第二  請求の原因

一  事故の発生

訴外丸山孝司(以下、「孝司」という。)は、昭和四八年六月一五日午後零時二〇分ころ、東京都豊島区西池袋三丁目三四番一号先立教中学校正門前路上(以下、「本件道路」または「本件現場」という。)において、被告竹花いき子(以下、「被告竹花」という。)の運転する普通乗用自動車(練馬五五せ八九四号、以下、「加害車」という。)にはね飛ばされ、頭蓋底骨折、脳損傷等の傷害を受け、翌一六日午後九時二〇分ころ、東京都板橋区中丸町二一番三号所在木村病院で死亡した。

二  責任原因

(一)  被告竹花は、加害車を運転し、本件道路を進行するに際し、進路前方左側が中学校であり、道路両側にはガードレールはあるものの切れ目が多く、校門付近のため横断歩行者がしばしば見受けられ、しかも狭い道路であるから、自動車運転者としては常に前方を注視し徐行するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と進行した過失により、右中学校正門付近から横断して来た孝司に気付かず、加害車の左側前照灯付近を衝突させたものであるから、民法第七〇九条に基づき原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。

(二)  被告小池克長(以下、「被告小池」という。)は、加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたから、自賠法第三条に基づき原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。

三  損害

(一)  孝司の逸失利益並びに原告らの相続

孝司は、昭和四四年五月二三日生まれで、事故当時、満四才で発育の極めて順調な男子であつた。

孝司は、本件事故にあわなければ、高校卒業後満一八才から満六五才に達するまでの四七年間稼働できたはずであり、その間の収入としては、労働大臣官房統計情報部の労働統計年報(昭和四七年度)による三〇人以上の労働者をようする企業における男子常用労働者の平均月間給与額金一一万七、八一六円を基礎とするのが相当であり、この間の生活費は全稼働期間を通して収入の五割とし、毎年末日に収入を得るものとして年毎複式のホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して計算すると、孝司の逸失利益の現価は金一、六九九万一、八九六円となる。

原告丸山友行(以下、「原告友行」という。)は、孝司の養父、原告丸山桂子(以下、「原告桂子」という。)は、孝司の実母であるが、他に孝司の実父訴外松岡隆義がいるから、原告らは孝司の右逸失利益の賠償請求権を法定相続分に応じ三分の一ずつ相続した。その額は、原告ら各金五六六万三、九六五円である。

(二)  葬儀費用等

原告桂子は、孝司の事故死に伴い、墓地永久使用料として金一四万四、二二〇円、墓石購入費として金九万七、三〇〇円、納骨代として金二、〇〇〇円、合計金二四万三、五二〇円の支出を余儀なくされた。

(三)  原告らの慰藉料

原告らは、孝司の死亡後も訴外丸山浩代(昭和四八年二月二二日生)はあるが、孝司は唯一の男子であつて極めて健康旦つ明朗で素直な性格の子であつたので、非常な愛情を注いでいたが、本件事故により、このような愛児を突然失い、精神虚脱状態に陥り、毎日涙にくれている。原告らの悲痛な心情は言語に絶するものがあるが、この精神的損害を慰藉するには、各金二〇〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告らは、本件事故による損害につき、自賠責保険から金五〇〇万円を受領し、これを原告らの前記損害に各金二五〇万円ずつ充当した。

(五)  弁護士費用

原告らは、被告らが任意の弁済に応じないので、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起および追行を委任し、成功報酬として原告両名とも認容額の一割の割合で、第一審判決言渡時に支払うことを約したので、弁護士費用として、原告友行が金五一万六、三九六円、原告桂子が金五四万〇、七四八円の支出を要する。

四  結論

よつて、被告らに対し連帯して、原告友行は金五六八万〇、三六一円、原告桂子は金五九四万八、二三三円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四八年六月一五日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  被告竹花の答弁および抗弁

一  答弁

請求原因一の事実は認める。

同二(一)の事実は認める。

同三の事実中、(一)(ただし、原告らの相続の事実は認める。)ないし(三)の事実は不知、(四)の事実は認め、(五)の事実は不知。

二  過失相殺

原告らは、やつと満四才になつたばかりの幼児を単独で交通量の激しい道路に放置し、しかも孝司にはいきなり車道上にとび出した過失があり、また、本件事故現場の前方約二〇メートルの地点には信号機のある横断歩道があるので、孝司がこの横断歩道を横断しておれば本件事故は発生しなかつたはずである。

したがつて、原告らの損害につき、右の過失を斟酌すべきである。

第四  被告小池は、公示送達による呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第五  証拠〔略〕

理由

一  事故の発生および責任原因

請求原因一および同二の(一)の事実は、被告竹花との間には争いがなく、被告小池との間においては、公文書であるから真正に成立したと推定すべき甲第五号証ないし第一七号証、第一九号証ないし第二一号証によつてこれが認められ、右認定に反する証拠はない。

前掲甲第一一号証、第一五号証、第一九号証によれば、被告小池は加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

してみると、被告竹花は、前方不注視等の過失により本件事故を発生させたものであるから民法第七〇九条により、被告小池は加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたから自賠法第三条により、それぞれ原告の蒙つた損害を賠償する義務があるものというべきである。

二  損害

(一)  孝司の逸失利益並びに原告らの相続

1  被告竹花との間に成立に争いのない甲第一号証(被告小池との間においては公文書であるから真正に成立したと推定する。)、前掲甲第一三号証、第一六、第一七号証によれば、孝司は昭和四四年五月二三日生まれで、事故当時満四才の発育が順調な男子であつたことが認められる。四才男子の平均余命が七〇年を超えることは当裁判所に顕著な事実であるから、これと右孝司の健康状態とによれば、孝司は本件事故に遭遇しなければ、その平均余命を全うすることができ、その間、控え目に見ても、高校卒業後の満一八才から満六七才に達するまでの四九年間、その全期間を通じて平均すると、平均的高卒男子労働者と同程度の稼働をなし得たものと推認される。収入額については、当裁判所に顕著な最新の昭和四九年度の賃金センサス第一表、産業計、企業規模計、高卒男子労働者全年令平均給与年額である金一九五万三、〇〇〇円を得、それより自己の生活の維持促進等の費用としての生活費にその半分を支出したものと推認される。孝司の逸失利益の事故発生時の現価を、本判決言渡までは単利(ホフマン式)、それ以降は複利(ライプニツツ式)により年五分の割合による中間利息を控除し、さらに死亡に伴い支出を免れた年当り一二万円の稼働開始に至るまでの一四年間の養育費を控除して算出すると金九八七万九、四四八円となる。

2  前掲甲第一号証、第一三号証および被告竹花との間においては成立に争いがなく、被告小池との間においては公文書であるから真正に成立したと認める甲第一八号証によれば、原告友行は孝司の養父で、原告桂子はその実母であり、孝司には他に実父がいることが認められる。

そうすると、原告らは法的相続分に従い、孝司の右損害賠償請求権の三分の一宛である各金三二九万三、一四九円(円未満切捨)ずつ相続したこととなる。

(二)  葬儀費用等

被告竹花との間に成立に争いがなく、被告小池との間においては原告桂子本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証の一ないし三および同尋問の結果によれば、原告桂子は孝司の事故死に伴い、墓地永久使用料等として金一四万四、二二〇円、墓石購入費として金九万七、三〇〇円、納骨使用料として金二、〇〇〇円、合計金二四万三、五二〇円の支出を余儀なくされたことが認められ、右金額は本件事故と相当因果関係にあるものというべきである。

(三)  原告らの慰藉料

以上認定したような原告らと孝司の身分関係、原告らの家族構成、孝司の年令、性別等諸般事情によれば、原告らが孝司の死亡によつて受けた精神的損害は、控え目に考えても、原告ら主張の各金二〇〇万円を下らない金額でもつて慰藉されるべきと認めるのが相当である。

(四)  過失相殺

被告竹花は、本件事故発生につき原告らおよび孝司に過失がある旨主張するので、この点につき判断するに、前掲甲第六号証ないし第八号証、第一一号証、第一四号証、第一五号証、第一九号証ないし第二一号証を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件道路は、国鉄池袋駅から環状六号線(山手通り)方面への東西に通ずる通称立教通りと呼ばれ、ガードレールによつて歩車道が区分された車道幅員約七・三メートルの直線で見とおしのよい平坦なアスフアルト舗装道路で、白線の中央線の引かれた片側一車線の道路であり、本件現場の道路両側は学校施設となり、本件道路は午前八時から午後八時までの間、駐車禁止とされ、最高制限速度が時速四〇キロメートルと規制されている。

2  被告竹花は、加害車を運転し、本件道路を池袋駅方面から山手通り方面向け時速二〇キロメートルないし三〇キロメートルの速度で進行中、左前方の校門付近の歩道上に数人の歩行者を発見しながら、前方注視を怠り漫然と前記速度のまま進行したため、ガードレールの切れ目付近にいた孝司が車道に飛び出したのに気付かず加害車の前部左側の前照灯付近で孝司を突き飛ばした。

以上の事実が認められ、前掲甲第九号証、第一〇号証第一二号証中の被告竹花が本件事故発生直前において、左前方の校門前の歩道の中央付近に孝司がいたのを発見したとの事実は前掲各証拠に照し措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、本件事故は、被告竹花において、加害車を運転し、幅員の狭い通学路を進行するに際し、進路前方の注視を怠り、しかも幼児である孝司が車道の直近にいたのにこれに気付かず、徐行することなく漫然と同一速度で進行した過失がその主因をなしたものというべきところ、他方、孝司においても安全を確認することなく、加害車の進路上に飛び出した過失があるから、被告竹花との関係においては、原告らの損害額を算定するにあたりこれを斟酌すべきである。その過失相殺率は一割とするのが相当である。

なお、孝司は、事故当時満四才に過ぎなかつたことは前記認定のとおりであるが、過失相殺の制度は公平の理念に基づき被害者の蒙つた損害を減額するものであるから、被害者の事理弁識能力の有無に関係なくその外観上の行動をもつて損害の負担に反影させ得るものと考える。

(五)  損害の填補

原告らが、孝司の事故死に伴い、自賠責保険から金五〇〇万円を受領し、これを原告らの損害額に各二五〇万円ずつ充当したことは原告らの自陳するところである。

(六)  弁護士費用

右のとおり、原告友行は、被告竹花に対し金二二六万三、八三五円、被告小池に対し金二七九万三、一四九円、原告桂子は、被告竹花に対し金二四八万三、〇〇三円、被告小池に対し金三〇三万六、六六九円をそれぞれ本件事故に基づく損害賠償請求権としてこれを有する。ところで、被告竹花との間で成立に争いがなく、被告小池との間においては原告桂子本人尋問の結果によりその成立を認める甲第三号証および同尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、右被告両名が任意に支払をしたいので、原告らは、右債権の取立のため本件請求訴訟手続の追行を弁護士長尾章に委任し、その費用報酬として認容額の一割を判決言渡時に支払う旨約したことが認められる。してみると、本件の審理経過、事件の難易、原告らの損害額に鑑みると、原告らの弁護士費用の事故発生時の現価は、原告友行において被告竹花に対し金二三万円、被告小池に対し金二八万円、原告桂子において被告竹花に対し金二五万円、被告小池に対し金三〇万円がそれぞれ本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきである。

三  結論

以上のとおりであるから、原告らの被告竹花、同小池に対する本訴請求のうち、本件事故に基づく損害としては、原告友行が、被告竹花に対し金二四九万三、八三五円、被告小池に対し金三〇七万三、一四九円、原告桂子が被告竹花に対し金二七三万三、〇〇三円、被告小池に対し金三三三万六、六六九円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四八年六月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから、これを認容し、原告らのその余の請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 玉城征駟郎)

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